戯言日記

生き方に迷った私の戯言、日記

ゆめがたり 【6】

その日彼は、

たくさんの希望を持って家を出た。

将来への不安や、周りに対しての劣等感

そういう形として見えないものを拭うために

一歩踏み出したのだ。

 

私は正直、彼の希望に満ちた姿を

微笑ましく思った。

背中を押すことしか出来ないが

それで十分なほど彼は前向きだった。

 

いつも通りの朝、いつも通りの朝食を食べ

いつもより入念な髪のセット

似合わないと毛嫌いしていたスーツを着て

いつもより浮かれた笑顔の彼は

前に進む一歩を踏み出した。

 

大きな一歩だと感じたのは彼も同じだろう

私は職場にいつも通り向かう。

 

お昼休み前に携帯が少し震えた。

「ダメかもしれない」

その一言で全てを察した、

彼の一歩はまだ始まりに過ぎないと、

最初の一歩だと感じた。

頭の中で励ましの言葉を紡ぐ

 

「いつもより早く帰ろう」

 

私はいつもより仕事を早くおわし

家に帰る。

 

彼はまだ帰っていなかった。

面接などとっくに終わっているはずなのに、

電話は何度もかけているが、

出てはくれない。

不安や疑問が頭の上を走り回る

 

突然のチャイムに彼が帰ってきたと

確信した。

 

ドアを開けると家を出る時とは正反対の

禍々しい顔をした彼が立っていた。

 

何も言わず彼は私を激しく求めた、

普段の彼なら優しくする口づけも

乱暴にただ貪り食らうかのように

求められた。

 

恐怖と同時に興奮と彼の絶望感が

伝わってきた。

 

全てが終わった時、彼は下を向き

涙を流した。

私はその涙を未来への一歩を踏み出しそびれた

彼の失敗からくるものだと思っていた。

 

何も言わず彼はお気に入りと

話していた財布だけ持って家を出た。

 

どうしてあの時止めなかったかは

分からない。

ただ、全てを背負った大きな背中を掴むことは

出来なかった。